〜 ゴツンという音 〜

頭をぶつけた。椅子に掛けて本を読み、立ち上がった途端だった。頭上注意と分かっていたのに。大丈夫ですかとこちらに声をかける夕子さんは、天井の低さに慣れているはずなのに何度来ても頭をぶつけると笑う。そんな活字好きの秘密基地は屋根裏にある。

妄想から行動へ

幼い頃から空想の世界を楽しむ子どもだったという夕子さん。大人になっても想像する時間や空間を大切にしてきた。そんな彼女が頭の中の世界を飛び出すきっかけがあった。看護師だった彼女の担当は未熟児室。ある日、外国の方の赤ちゃんが運ばれてきた。手を尽くし祈りの中、赤ちゃんは亡くなってしまう。保育器の傍らには聖書。「私は担当看護師だったのに、ずっと涙を零すお母さんに一言も声をかけられず、ただ背中をさするだけでした」。自分に対する悔しさ。英語を話せるようになりたい。海外に行きたい。考えて即行動して進む夫の鮮やかさを見て来た。彼女は看護師を辞め、ワーキングホリデーでニュージーランドへ行くと決めた。子どもを持ったら自由な時間は出来なくなるから今のうちだよと夫が背中を押してくれた。結婚してまもなくのことだった。一年後に佐世保へ戻ると感覚が違った。どこでもやれる、英語はまだまだ奮闘中でも、どこでも生きていける。

本の世界

二人の子に恵まれ、子育てをしながら看護師の資格を生かし医療関係の会社員となる。仕事の中であっても文を書くのに苦手意識は常にある。言葉でどう正しく表せるのか、難して悩ましい。文庫を買って読むようになったのは三十歳半ばを過ぎてからだった。興味があると手元に置いて読んだ。物書きへの尊敬の念と憧れ。流行りがあっても古いも新しいもない文字からはじまる世界。その世界を共有したいと思うようになった。本にまつわる何かをしたい。人生に一度くらい自分が想像したものを形にしてみたい。夫をはじめ、やりたいことを形にしている人の縁に恵まれている。ポンっと一人の友人が思い浮かんだ。そうだ、彼女は図書館司書。話してみよう!会って相談したいと連絡を取った。

ふたりの管理人

年末、友人の河野睦美さんに伝えた物語は「大切な本を古本屋に売った主人公。三十年後、旅して訪れた別の国の古本屋で同じタイトルの本を見つける。手に取ってページを開くと現れる自分の落書き。年月と距離を超えて再会した本を買う」というもの。夕子さんの語りに耳を傾けていた睦美さんが「いい、面白い」と笑顔になった。本そのものが旅をする。本棚にある本を眠らせたままでなく、広く共有して生き続けられたらと二人で話した。ドイツでは街に公の本棚があると知り、好きに置き持って行ける本棚をイメージ。場所はある。とにかくやってみようと動き出した。夫は次々に本棚を作ってくれた。

本が繋ぐ人と人

買いたいと言われたら売る?旅に出していいよと寄付頂いた本をお金に変えるのは理想と違う。やりたいことにシンプルに向き合い無料でやろうと決めた軸を貫く。自分たちの生活と仕事は別にある。本業で古本屋さんを経営している方の迷惑にならないように一線を引き、部活動のように楽しもう。ラベル作りや管理はしない。お金、しがらみに囚われず、自分たちのペースで、目標やゴールが無い自由をはじめよう。「想い入れ料と未来への期待料」と長崎の友人にロゴをデザインしてもらい栞が出来上がる。五月初旬、植物・アンティーク家具と雑貨店の二階一角に、屋根裏文庫が誕生した。

善意の循環

訪れる人の目に入るように掲げられているボードは、睦美さんが作ってくれたと夕子さんが嬉しそうに話す。屋根裏文庫の歴史が始まった日、語られた物語が言葉で綴られている。SNSに本の写真を載せて情報交換すると共に、手書き文字を残すアナログな方法もいいねとノートを設置。最初に来てくれたのは小学生。ノートに「またきます」と書かれていた。やってきた本は長く留まらず、誰かの手に渡る。手に入れそこなった本をお店で購入するきっかけになるのも面白い。こういう場所が欲しかったという声を聞ける喜び。「一冊の本を持ってきたら、一冊持ってゆける」ただ本を交換しているだけなのに、生まれたものは予想以上だった。

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来るたびに違う本があって自分自身が一番楽しんでいると笑う彼女。人の本棚を覗かせてもらっているような気持ち。誰かのお薦めを聴いて興味を持つ。はじめた頃は百冊ほどだった本が現在は五、六百冊になった。もしもこの先本が溢れたら、どこか違う場所に別の屋根裏文庫を置いてみるのもいいかな。本に挟んだ栞ごと旅をして十年後に見つかる未来を想像してみる。訪れる人が居心地のいい小さな空間に籠って本を開き、アンティークランプの光の下で本の世界に旅に出る。彼女は週に一度やってきて、今どんな本があるのかと本棚を眺める。ノートを読んで返事を書くのも交換日記をしている気分になる。こんなに楽しいことになるなんてと笑う夕子さんは、読み終わっていないのに読みたい本が出てくると嬉しい悩みを抱えて、友人と共に管理人を楽しんでいる。

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今日を終えたら明日へ
あなたの物語は進んでゆく

屋根裏文庫管理人
横田 夕子 さん
屋根裏文庫
佐世保市広田1丁目36番37号 TESORA 2階
木曜定休
ライター
CHIKA
信州在住・佐世保は第二の故郷
ブログ「『お花畑で寝転んで』大げさなくらいでちょうどいい実行委員長CHIKA」
https://ameblo.jp/whenyouwishuponastar0603/entrylist.html mc_chika_love_wedding@yahoo.co.jp
女性は世の中の「花」だから。
月刊「はなはな」が創刊当初から伝えたい想いです。
「はなはな人」を読み終えたあなたが一人の女性としてあなたの場所で咲くエネルギーになったらと願っています。