〜 逆さま文字 〜

消しゴムにボールペンでサッと逆さに文字を書く。下書きも迷いも無し。カチカチと音を立てて右手に持ったカッターの刃を出し、左手に消しゴムを持ち彫り始めた。速い。彫るコツはと聞くと、手元から目を離さず話してくれた。

はんこを彫るコツ

三つのコツは全てカッターの使い方。「一、刃は小さく出す。二、鉛筆持ち。三、消しゴムを手にもって動かし、カッターを持つ手は固定。」消しゴムはんこを作って七年ずっと百円ショップで手に入れたカッターを使っている。以前の文字やモチーフは角ばっていて、徐々に丸みを帯びてきたと振り返って作品ノートを眺める。子ども向けのワークショップでは簡単な丸やハートの図案を教える。低学年には既に作ったはんこ、色スタンプ、色鉛筆を使って絵を描くことも一緒に楽しむという。

おばあちゃん子

佐世保生まれ。両親と姉の四人家族。近所に住む祖母は手芸が得意で、彼女は幼い頃から傍で何か生み出す祖母の様子を見ていた。フェルト生地を切って縫い、ペンで目を書いて出来上がったマスコットをランドセルに付けたのが彼女の手芸のはじまり。大好きな祖母が亡くなったのは小学校在学中。形見の編み棒でマフラーを編んだ。高校を卒業すると職業訓練校で和裁を習う。その後、福岡で着物を縫う仕事に就き六年間の寮生活。ミシンもしてみたが、しっくりこない。やっぱり手縫いが好きだと実感した。故郷に戻ると着物の販売業に従事。着物を縫っていたから自分は着物好きだと思っていたという彼女。働くうちに着物自体にさほど興味が無いことに気づく。そうか、私は手仕事が好きなんだ。

誕生日のチャレンジ

敬語や電話応対は接客業で教わった。お客様と交わす言葉、見せてもらえる笑顔が嬉しい。ものづくりは祖母のように日々の合間に楽しもう。縫う・編む他に何か出来ないかと消しゴムはんこをはじめた。出来上がると嬉しくて、仕事帰りに立ち寄るバーのマスターに見せていた。「ここで個展をしたらいいよ」常連さんとマスターに背中を押され、翌年の三十歳の誕生日に三百個のはんこを捺して展示すると決めた。仕事の合間に製作する毎日。作りながら計画を立てている間に腎盂炎を発症。それでも個展一か月前に三百個が彫りあがった。はんこの土台を付け、展示のポップやレイアウトなど周りの人が協力してくれた。宣伝のチラシは大きなはんこで捺して作った。「みんなで作り上げた」個展の初日を迎えた。

あたたかい百円玉たち

「頼めば彫ってくれる?買いたい。」お客様からの問いに、好きでしているからお金は要らないと答えた彼女に「あなたのはんこにお金を出したい人がいる。受け取りなさい。」とバーのマスターが言葉をかけてくれた。初めての販売はんこは「尚司朗」忘れられない名前になった。初個展を終え、イベントに呼ばれた際にはんこを彫っていると「いくらですか?」と尋ねられた。金額を伝えると「作って欲しい」と列ができた。ボールペンの跡も屑も付いたまま手渡す「実演はんこ」のはじまり。小さな名前はんこ制作に十五分程かかる。列はなかなか切れない。「できた!」はんこを小さな手に渡し代金を受け取ると温かい。ずっと握りしめていたのであろう温もりに胸がギュっとなった。「子どもからお金をもらってしまった」責任重大だと思った。名前はんこを手にした子の兄弟姉妹からオーダーが続いた。

KANADEN FESTIVAL

手書きの良さを生かした上で「私が書けるのはこのくらいです」と伝える。難解なものは強力な味方トレーシングペーパーを利用。納期が決まっているもの以外に「ゆっくりでいいよ」というオーダーは日時を決め、事前に打ち合わせの返事をもらってノートに書きこむ。迎えたその日、一人暮らしの細々を済ませ、飲み物を机に置くと「よーい、ドン!」でスタート。集中して次々に彫る時間を「カナデンフェスティバル」と呼んでいる。彫りたての消しゴムはんこを並べて整えインクを付ける。ペッタン!紙に捺して出来上がりを確認。「よーし、最高」とニヤニヤする。KANAは自身の名前から、DENは「でんちゃん」と呼ばれファンからも愛でられる彼女の黄色い相棒。その小さなアヒルのぬいぐるみは、個展の際には作品の隣に鎮座してお客様を迎える。

消しゴムから生まれるもの

以前は言葉やモチーフのはんこを委託販売していたが、求められ生み出す一点を作るのが好きと気づいて今はお休み中。オーダーは六百円から受けている。一番大きかったのは、習字の大作に捺す大きな落款印(らっかんいん)。時々、使いすぎて摩耗したと再オーダーも頂く。イラストレーターERIKAWAさんとの二人展では美術の分野を楽しんだ。とにかくやってみる。行動を起こす度に自分を知る。ここ数年は、けん玉に夢中。仕事に行く前に家や職場の駐車場で毎日願掛けのように技を決める。初はんこ「尚司朗」くんの母は、今や彼女のけん玉師匠。街や職場で「子どもがはんこを作ってもらった」とお礼を言われる嬉しさ。縁って面白くて有難い。接客業を軸に、手仕事を楽しむ日々の喜び。「ありがとう」を込めて毎日一つ彫る「ありがとうはんこ」は目標の千日を過ぎ、今も続いている。「やってみたら楽しいですよ」明るく笑う彼女は、行動で世の中に喜びの可能性を示している。

気になったら、やってみる
やってみたら分かる
何が好きか楽しいか
生きる喜びは、自分で増やせる

消しゴムはんこ作家
野中 加奈子さん
KANADEN
facebook:www.facebook.com/kanako.nonaka.5
メール:otomezaabgata@ezweb.ne.jp
ライター
CHIKA
信州在住・佐世保は第二の故郷
ブログ「『お花畑で寝転んで』大げさなくらいでちょうどいい実行委員長CHIKA」
https://ameblo.jp/whenyouwishuponastar0603/entrylist.html mc_chika_love_wedding@yahoo.co.jp
女性は世の中の「花」だから。
月刊「はなはな」が創刊当初から伝えたい想いです。
「はなはな人」を読み終えたあなたが一人の女性としてあなたの場所で咲くエネルギーになったらと願っています。