作:山野美樹

第十話 「信じる者は救われる」

柚原慶子は一年ぶりに意識を取り戻した教え子の森吉祐子を見舞いに、南佐世保総合病院に足を運んでいた。
病室には、ラムネ色の綺麗な花瓶が置かれている。
慶子は持参した真っ赤な薔薇の花を花瓶に生けながら、ベッドで横になっている祐子に優しく話しかけた。
「気分はどう?。一年間も眠っていたから、まるで浦島太郎になったような気分じゃない?」
「別に。気分は普通に良いですけど」
祐子は人を寄せ付けないキツい瞳で慶子を見つめ返す。慶子はそんな視線に全く臆する事なく話を進めた。
「貴女、行方不明になった日の記憶を全て無くしてるそうね」
「それが、何か?」
「いや、本当に何も覚えてないのかなぁ、と思って」
慶子は窓際に目線をそらすと、赤い薔薇の花を細い指先で軽く突いた。
「何も覚えてません」
「じゃあ、何か思い出したら、すぐに捜査一課の秋山警部補に知らせてあげなさい。彼、すごく困ってるようだから」
慶子は悪戯っぽく微笑んだ。

 「秋山さんの直感が当たりましたよ。現場から、特殊な獣の毛が見つかりました」
長崎サファリパークで起こった猿の集団誘拐事件を追っていた西東警部は、少し興奮ぎみに秋山警部補に連絡を取った。
七歳年下で東大出身の上司からの吉報の連絡に、秋山警部補は笑顔で応対した。
「やっぱり出てきましたか。警部、その獣の毛を科捜研に送って下さい。多分、こっちの事件で発見されたものと同じものだと思いますよ」
秋山は側にいた五反田刑事に目配せする。五反田は、慌てて潰れたタクシーを調べていた科捜研の西副所長を呼びに、現場へと走って行った。
「えっ。これって、佐世保の失踪事件と何か関連があるんですか?」
「こちらでも同じ獣の毛が発見されてるんですよ」
秋山は西東に事の詳細を詳しく説明した。
「千年前の猿の毛ですか・・・。いくらあの有名な西副所長の鑑定結果だったとしても、流石にそれは信じられないなぁ」
若くして昇進したエリート警部の疑心暗鬼な声が、携帯電話から聞こえてくる。秋山は思わず微笑んだ。
「西東警部、とりあえず佐世保で合流しましょう。多分この事件、そろそろ動き出しますよ」