作:山野美樹

第十九話 「烏帽子岳の孫悟空」

 烏帽子岳の森の中、柚原慶子と対峙していた秋山警部補の耳に物凄い爆音が響きわたった。爆音と共に烏帽子岳の地面の底から大きな振動が沸き起る。秋山と五反田刑事の二人は突然の大地震に思わず地面に倒れこんだ。
「五反田ちゃん、大丈夫か?」
秋山はすかさず部下の五反田に声をかける。五反田は倒れたまま、上を見上げて口をパクパクさせていた。どうやら声が出ないようだ。何をそんなに驚いているんだ?秋山は慌てて五反田の視線の先を追う。
「あれは・・・」
秋山自身も一瞬にして言葉を失ってしまった。二人の視線の先には、この世の物とは思えない程の大きい熊の様な猿が、森の木をなぎ倒す様に立っていた。体長四十メートル以上あるだろう。秋山はこんな大きな生き物を今まで見たことが無い。焦げ茶色の毛並みは、朝日を浴びた部分だけ美しい金色に輝いていた。
「あ、あ、あれ何ですか。猿の化け物ですか?」
口をパクパクさせていた五反田から、やっと声が出る。秋山は五反田の問いかけに反応して、ハッと我に返るとすぐに立ち上がった。
「いや、猿の化け物じゃない。あれが噂の孫悟空だろ。ついに孫悟空を封印していた結界が破られたんだ」
秋山は、突然現れた巨大な猿に背を向けると、腰を抜かしている五反田の首根っこを掴んだ。
「おい、五反田ちゃんしっかりしろ。ここに居ては踏みつぶされる。ちゃんと起きれるか?兎に角ここから逃げるぞ!」
「了解しました!」
五反田は必死に立ち上がる。その瞬間、森の中にとてつもなく大きな野獣の雄叫びが響き渡った。

 巨大な猿は烏帽子岳の森の木を踏み潰しながら小佐世保町に向かって南下し始める。猿の巨体が動く度に大地震のような地響きが、佐世保市の街を襲った。
朝の七時半を過ぎ、市内の道路には通勤ラッシュの車が立ち往生していた。烏帽子岳に巨大な猿の姿を確認した人々は、慌てて車を乗り捨てて逃げ始める。歩行者は大きな揺れに足を取られ倒れこむ者が続出。佐世保の街は一気に大混乱の渦に飲み込まれた。
熊のような姿の巨大な猿は、小佐世保町を通過し高天町に足を踏み入れる。小佐世保町の街並みは巨猿に踏み壊され瓦礫の山と化していた。