第七話 「科捜研の男」

丑三つ時、秋山警部補が宿泊先のホテルで深い眠りについている頃、烏帽子岳の山深くに一人の女が立っていた。月明かりもなく、烏帽子の森に吹く風はしっとりと冷たい。女は漆黒の闇の中で、静かに石造りの古い祠を見つめていた。
「ここは、こんな夜中に綺麗な女性が一人で立ち寄るような場所ではありませんね」
女の背後から、突然男性の低い声が響き渡った。女は暗闇の中で目を細める。闇の中から、ぼんやりと小太りな中年の男の姿が浮き上がった。
「あら。そちらこそ、こんな夜中に何をなさっているのかしら?真夜中のパトロールですか、署長さん」女はニッコリ微笑む。署長と呼ばれた男は、居心地が悪そうに苦笑いを浮かべた。女は祠の重そうな石の扉に手を伸ばす。中には古ぼけたお札が一枚入っていた。女は細い指先で、まるで嫌なものを触る様な手つきでお札に触れる。その瞬間、男は驚いたように目を見開いた。

捜査二日目、秋山警部補は早朝六時に緊急事態の電話で起こされた。烏帽子岳の八合目付近で発生した土砂崩れの現場から、行方不明になっていたタクシーが発見されたのだ。秋山は五反田刑事を連れて、朝七時に現場に駆け付けた。発見されたタクシーは、車の形とは程遠い。まるで巨大な何かに踏み潰された様に原型を失っていた。秋山と五反田は大島署長に案内され、ペタンコに潰れたタクシーを眺めている。現場には、沢山の制服警官が佐世保署から派遣されていた。
「よっ、秋山君」
人込みの中から秋山を呼ぶ声が聞こえてくる。秋山が慌てて周りを見渡すと、作業中の制服警官を掻き分けながら科捜研の副所長、西喜一郎が手を挙げていた。
「喜一郎先輩、わざわざお呼び立てしてすみません」
「いや、そんな事気にしなくていい。副所長になってから事務仕事ばかりで、丁度現場が恋しくなってきた頃だった。それに捜査一課のエース秋山警部補の頼みなら、断る訳にはいかんだろう」
西は微笑むと秋山の隣で興味津々に目をパチクリさせていた五反田の方へ視線を移す。
「おっ。君があの有名な新人の超能力刑事だな。頑張って」
西に声を掛けられた五反田は、嬉しそうに目を輝かせた。