やまのみき 作

最終話 「彼岸花」

 鹿賀は三原家の墓の前で立ち竦む。たかみが消えてしまった瞬間、先ほどまでの静寂を打ち破るかのように虫たちの声が墓地の敷地内に響き渡った。墓地の片隅に真赤な彼岸花が咲いている。その毒々しい鮮やかな花びらを横目に、鹿賀は呟くように声をかけた。
「郁美さん、帰りますよ」
「あら、そうなの」
墓の陰から美しい女性が姿を現す。郁美は微笑みながら鹿賀の方へ近づいてきた。
「巻きこまれなくて良かったじゃない」
「上空に大きな鷹が現れましたからね。ヒヤッとしましたよ」
「そうね。もたもたしてたら、貴方も連れていかれてたわ」
郁美の言葉に、鹿賀はぞっとした表情を浮かべながら、墓地を離れ長い石段を下っていく。三浦町の教会が、なぜか神々しく光って見えた。
「たかみちゃんは、あの鷹が迎えに来た時に、抵抗したから成仏できなかったってことですか?」
鹿賀は、不思議そうな表情を浮かべ郁美に話しかける。郁美は大きく頷いた。
「そういうこと。あの鷹の正体は迦楼羅王よ」
「迦楼羅王?」
「そう、観音様に仕える天の位の神様ね」
「へぇ。なぜ、彼女をその神様が迎えに来たんでしょうか?」
「あの子のお祖母さんが観音様とご縁を結んでたからでしょうね」
「そんなもんなんですか?」
「神仏のご縁はね、過去、現在、そして未来にまで繋がってるのよ」
郁美は得意そうに微笑むと、思い出したように鹿賀の方へ顔を向けた。
「そういえば、喫茶店でカルコーク頼んでたでしょう」
「ちょっと、喫茶店の中も覗いてたんですか?」
鹿賀は怒ったように目を吊り上げる。郁美は、抗議するように頬を膨らませた。
「心配してるから、覗いてたんでしょう。で、何故あそこでカルコークだったのよ」
「ほら、カルコークって、コーラでカルピスを割ってるじゃないですか。だから、それにかけて、今の君はあの世とこの世が交わってるって伝えたかったんですよ」
「そんな回りくどいサイン、伝わるわけないでしょ」
郁美が呆れたように顔を顰める。鹿賀は、思い切って郁美に気持ちを伝えた。
「郁美さんも、丘の上に立っているコウモリ傘の老婆に頼んで成仏したらどうですか。」
「あんな死神にお願いなんかするもんですか。それに、私がいなくなったら、貴方も寂しいでしょう?」
郁美は妖艶な笑みで鹿賀の目を見つめる。鹿賀は無言のまま微笑むと、佐世保湾に広がる青い海を眺めながら、古い石段をゆっくりと下っていった。

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。