やまのみき 作

第二話「消えた老婦人」

 折橋町の坂道を登り、途中から細い路地に入る。石垣に挟まれた階段の道を二人は話しながら丘の上の洋館を目指して歩いた。その屋敷は、近隣の人々から「コウモリ傘の老婦人の家」と陰で呼ばれていた。
「たかみちゃんは、毎日、こんな階段の道を上り下りしているのか。高台に家があるって不便だよねぇ」
鹿賀は、息を切らしながら、丘の上を目指して階段を上っていく。
「買い物した時とか、最悪ですよ。下の駐車場に車を停めて、両手に買い物袋を持って、この道をひたすら上っていくんですから」
「そういえば、昔から、あの家って、コウモリ傘の老婦人の家って呼ばれてたでしょう」
「お婆ちゃんの家をそう呼ばれるの、昔から大っ嫌いだったんですよ。なんか、うちの家の裏の崖のところに、時々、黒い傘をさした老婦人が立ってるからだって、人に言われたことがあるんです。そんな老婦人、祖母も私も見たことありません。そういう噂を、面白おかしく言うの止めてほしいんですよね」
たかみは、ぷりぷりと怒りながら目を尖らせる。鹿賀は、思わず顔を曇らせた。
「たかみちゃん、黒い傘をさした老婦人、本当に見たことないの?」
「見たことある訳ないでしょう。えっ、鹿賀先輩、もしかして見たことあるんですか?」
たかみは、思わず目を丸くする。
「いや、さっき丘の上を見上げた時なんだけど、コウモリ傘をさした人が立ってたような・・・」
「マジですか?いや、それ不法侵入じゃないですか!」
たかみは、慌てて階段を駆け上がる。鹿賀も後を追った。

 「誰もいないじゃないですか」 たかみは、鹿賀を睨みつける。裏庭には、人の姿は見当たらなかった。
「可笑しいな。さっき、確かに老婦人がそこに立ってたはずなんだけど」
鹿賀は首を傾げながら、丘から下界の風景を見渡す。目の前に佐世保市の街並みや、海上自衛隊の護衛艦が停泊している青い海の風景が広がっていた。
「しかし本当に、立派なお屋敷だね」
鹿賀は、たかみの相続した洋館を食い入るように見つめていた。いつも自宅の二階から見上げていたが、改めて近くから見てみると、その豪華さが目を引く。赤レンガで作られたその屋敷は、壁に洋風のランプが取り付けられている。煉瓦の壁には、緑のツタがしがみ付くように張り付いていた。

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。